2026/09/25
思惑の依頼
ビジネス誌の創刊で巻頭インタビューを任された。編集長は言った。「大物作家のような、華のある人を」。だが、彼らは文芸誌の依頼すら断る猛者たちだ。実績のないビジネス書の版元など、門前払いに決まっている。
それなのに、入稿の締め切りは刻一刻と迫っていた。連日深夜、部員たちはテレビの前でラーメンをすすっていた。「筑紫哲也NEWS23」をぼんやり観ていた同僚が呟いた。「横の女性、誰だっけ?」「阿川先生の娘さんだよ」。
脳裏に稲妻が走った。私はタクシーに飛び乗り、TBSへ向かった。日付が変わった通用口。現れた阿川佐和子さんに駆け寄り、名刺を差し出して必死に頼み込んだ。「聞き手をお願いします!」。彼女は驚きながらも、小さく頷いてくれた。
翌日、渡辺淳一先生に電話を入れた。案の定、「おたくのような雑誌では書きませんよ」と冷ややかな返事。すかさず私は言った。「聞き手は、阿川佐和子さんです」。一瞬で空気が変わった。「え、さわちゃんが?」。遠藤周作先生も、山田太一先生も同じだった。父・阿川弘之氏を慕う文豪たちは、「さわちゃん」という合言葉ひとつで、固く閉ざしていた扉を開けてくれたのだ。
彼女はその後、週刊文春で「この人に会いたい」の連載を始め、名インタビュアーとして才能を開花させていく。著書『聞く力』は、180万部を超える大ベストセラーとなった。あの夜、私が手に入れたのは単なるインタビュアーではなかった。大人の思惑を鮮やかに超えていく、最強の鍵だった。
